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正しく教えるには客観的な検証が必要だ

教育を行うにはいくらかのハードルをクリアしなければなりません。
1つは教える内容をいかに平易に不特定多数の人に教えられるようにかみ砕けるかです。
これをしない限りは教えられるほうは一向に理解不能なままで終始してしまうからです。
特に宇宙物理学などの世界ではたくさんの理論方程式で成り立っていますが、方程式の数々をそのままオンパレードにしてしまうと、多くの一般人は逃げてしまいます。
しかし方程式を使わずして理解できるような表現方法を模索することで、ある程度の理解を浸透させることができます。
次はその教える内容が客観的に正しいかを検証できることが必要です。
というのは教える内容を検証しないと、間違ったことを教え続けているかもしれないからです。
その一例はスポーツ科学や医学で、昭和の時代では水を飲むなで教えられていた人が多いですが、これだと脳梗塞などになって倒れる人が多くなることが証明され、今では水は飲んだほうがいいという結論にひっくり返った事例もあるからです。
しかし世間の人々がその正しい方向へ向かおうとしない場合には、メディアや行政の指針で正しい方向へ強制的に誘導することも必要です。
ただその場合は誘導する側が正しいことが第3者の視点で証明されることが必要になります。
それができない場合にはゆがんだ国のレッテルを張られることになります。
その一例が働き方改革などになります。

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